カイコ(蚕)

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概要

カイコはチョウ目のガで、幼虫は一般的に「カイコ」と呼ばれます。
クワの葉を食べて成長し、繭を作りながら蛹に変態します。
その糸は絹として利用され、絹の生産に重要な役割を果たしています。

表記:蚕、かいこ、カイコ、silkworm、silk moth、bombyx mori

イメージや象徴

カイコ(蚕)には、「変容」「絹」「繁栄」「神聖な生き物」「脆弱」「依存」「純真」「無垢」などのイメージや象徴的な意味があります。

変容、再生

カイコは幼虫から蛹、そして成虫へと変態します。
この変化は、蝶や蛾と同様に、「変容」「再生」を象徴することがあります。

カイコの糸は、美しい絹(シルク)になります。
そのため、絹のイメージである「美」「贅沢」「豪奢」も、カイコと関連付けられる場合があります。

絹の生産は新石器時代の中国で始まり、少なくとも5000年の歴史があります。
古代中国の伝説上の君主「黄帝」の妻が、繭を作る昆虫を見つけ、飼い始めたことが始まりだとされています。

古代中国は、絹の生産知識を他国に漏らさないよう守り続けていましたが、中国の王女が他国に嫁いだ際の持参金として持ち込んで流出し、西暦1世紀前半にはキリスト教の修道士たちによって中国から持ち出され、その生産の秘密が広まったと言われています。

日本では、群馬県が養蚕農家数、繭生産量、生糸生産量で全国1位となっています。

繁栄

カイコは絹産業の根幹であり、繁栄や富をもたらすものでした。
そのため、カイコは「繁栄」「富」などの象徴とされることがあります。

2014年には「日本の産業革命を象徴する」として「富岡製糸場」(群馬県)がユネスコ世界文化遺産に登録されました。

神聖な生き物

日本の養蚕農家では、カイコは神聖な生き物として大切にされており、「カイコが死んだ」と直接的に言うことは避けられ、「(お蚕様が)ころんだ」「ねぶらっしゃった」と言っていたそうです。

また、カイコの飼育は不安定で非常に難しく、神仏に祈ることが盛んであったため、日本各地で豊蚕を願って様々な行事が行われていました。

日本の東北地方では「おしら様」(養蚕の神)が信仰されており、他にも茨城県の蚕影(こかげ)神社や、京都府の木嶋坐天照御魂神社(蚕ノ社)などでも養蚕の神が祀られています。
岐阜県の美江寺では「お蚕まつり」が現在でも残っています。

脆弱依存

カイコは、人間が飼い慣らし、数千年かけて家畜化した蛾(ガ)です。
野生回帰能力(家畜となった動物が人間から手放されても自然界で生きていける能力)を完全に失った唯一の家畜化動物として知られています。

次の理由からカイコは自然界で生きることができません。

  • 餌のクワの葉を探さず餓死する
  • 体色が目立つ白であるため、すぐに捕食される可能性がある
  • 捕食者(ネズミやヘビなど)に対する恐怖心がない
  • 交尾相手を自力で見つけることができない(人間の助けが必要)
  • 幼虫は腹脚の把握力が弱いため、葉からすぐに落下する
  • 成虫は翅(はね)があるものの、体が大きく飛翔に必要な筋肉が退化しているため、羽ばたくことはできても飛ぶことはほぼできない

この特性から、カイコは「脆弱」、「(人に)依存」、「(人からの)束縛」などの象徴と見なされることがあります。

純真、無垢

人の手によって大切に育てられ、白くやわらかな見た目で、美しい糸を生み出すカイコは、「純真」「無垢」などを象徴する場合があります。

例えば、川端康成の『雪国』(1935年-1947年)は、雪に埋もれた温泉町で出会った芸者「駒子」の美しさを抒情豊かに描いた名作ですが、カイコが登場します。
この駒子が住む屋根裏部屋はもとは「蚕部屋」と呼ばれる養蚕部屋であり、駒子の白く若い肌を「蚕のような透明な身体」と象徴的に描写したとされています。

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残酷な生

カイコから絹糸を作る多くの方法では、繭の段階で蚕が成虫になる前に、煮沸や乾燥などの手段でカイコを殺してしまいます。
そのため、カイコ(もしくは養蚕業)に対して「残酷」「かわいそう」といったネガティブなイメージが持たれる場合があります。

生糸1kgのために、繭は約5kg(約3000粒)必要だと言われています。

可愛らしい生き物

養蚕業の全盛期を過ぎた近年では、生活様式の変容、低価格シルクの流入、安価な合成繊維の登場、養蚕農家の後継者不足などにより、カイコを見かける機会が少なくなっていました。

しかし最近、白くふわふわとして可愛らしいカイコ(成虫)のキャラクターやぬいぐるみが人気となっています。

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今は忘れられた民間伝承の解説もあり、考察・参照におすすめの一冊です。

関連作品

カイコ(蚕)が、モチーフやシンボルとなった作品を紹介します。

清居巢蠶蛾扇面

清 居巢 蠶蛾 扇面, Ju Chao, 1859

清の画家である居巢(きょそう、ジュチャオ)の作品。

蚕と桑の葉の上のカイコいたこの扇は、型破りな主題で居巢の遊び心を感じさせます。

他にも居巢はハエやアリなども描きましたが「取るに足らない主題」だと批判されることもありました。

春蚕(小説)

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中国の小説家である茅盾(ぼうじゅん、マオドゥン)の作品。

農村三部作のうち『春蚕』では、1930年代中国の都市と農村の関係性や、養蚕農家の煩雑な儀式や風習についても描写されています。

春蚕(絵画)

Spring Silkworm, Luo Zhongli, 1983, Long Museum

中国の現代画家である罗中立の作品。

この絵画に描かれている女性(母親)の髪は、まるで絹糸のように白く光沢をもっています。

母親の顔は描かれていませんが、皺が目立つ腕や骨張った指、黒くなった指先などから、母親が生計を立てるために懸命に働いた日々を感じさせます。

ウツロマユ(ホラーゲーム)

2023年に公開されたホラーゲーム。
都会で暮らしていた主人公は、祖母危篤の報せを受け、養蚕農家であった母方の家を訪れます。

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